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古墳時代の埴輪について、簡単に解説!なぜ作られた?種類や起源は?有名な埴輪など逸話を紹介!

古墳時代とは、一般的に3世紀半ば過ぎから7世紀末頃までの約400年間を指します。

弥生時代に続く時期区分であり、前方後円墳に代表される古墳が盛んに作られていました。

また、倭国が次第に統一されていった時代としても知られています。

そんな古墳時代には、埴輪と呼ばれるものが存在していました。

埴輪とは一体どのようなものなのでしょうか?

この記事では、古墳時代の埴輪について簡単に解説していきます。

古墳時代の埴輪とは。種類は?作り方は?

埴輪とは、古墳時代に作られた赤茶色をした素焼きの土器のことを指します。

これらは、主に古墳の墳丘や造出(つくりだし)の上に並べて立てられていました。

埴輪は、大きく2つの種類に分けられます。

  • 円筒埴輪
  • 形象埴輪

【円筒埴輪】

円筒埴輪は、筒や土管といったような形の埴輪になります。

埴輪の中で最も早くから作られ、最も多く作られた埴輪です。

筒の側面に丸や三角形、四角形の透かし穴が開けられているという特徴を持ちます。

派生形には、朝顔形埴輪や鰭付円筒埴輪などがあります。

4世紀から6世紀頃の300年以上にわたり、多くの古墳で使用され、墳丘に大量に並べられることがほとんどでした。

これには、墳丘の崩れを防ぎつつ、古墳という聖域を区分する目的があったと考えられています。

また、円筒埴輪の作り方は以下の通りです。

  1. 粘土をこね、輪を作る
  2. 作った輪を上へと積み上げていき、だいたいの形を作る
  3. 木の板を使って、表面を平らにする
  4. 1ヶ月ほど陰干しして水気を取る
  5. 埴輪が乾き次第素焼きする

以上のような工程を踏まえて作られます。

【形象埴輪】

形象埴輪は、日常の様々な事物を模した具象的な埴輪です。

埴輪作りの技術が進歩した結果、これらの埴輪も次第に増えていきました。

形象埴輪は、全部で4つの種類に区分されています。

  • 人物埴輪:人物を象った埴輪
  • 動物埴輪:動物を象った埴輪
  • 器財埴輪:盾や甲冑などを象った埴輪
  • 家形埴輪:家を象った埴輪

これらは、円筒埴輪が墳丘に置かれていたのに対し、造出や墳丘頂部の方形基壇といった特別な場所に置かれていました。

形象埴輪を置くことにより、埋葬者の財力や権威を示したり、死後も悪霊や災難から埋葬者を守ろうとしたりしたと考えられています。

特に、家形埴輪は、古墳の中心部の最も重要な場所に置かれることが多いです。

それは、埋葬者の霊が宿るところとして置かれており、あの世とこの世をつなぐ入口であったのではないかとされています。

また、形象埴輪の作り方は、途中までは円筒埴輪と同じです。

円筒埴輪のように筒を作った後、形象埴輪では、更に細部を粘土を足したり削ったりすることで成形していきます。

形が出来上がった後は、円筒埴輪同様、乾燥させてから素焼きして完成です。

形象埴輪は、当時の人々の暮らしの様子を伝えてくれる貴重な資料となっています。

例えば、馬形埴輪一つとってみても、背中に馬具が付いていることから、古墳時代にはすでに馬が飼われていて、上には人間が乗っていたということがわかるのです。

このように、埴輪から古墳時代の暮らしを覗くことができます。

古墳時代の埴輪の起源

埴輪の起源は、弥生時代末期の吉備地方(現在の岡山県と広島県東部)にあると言われています。

吉備では、弥生時代の墳丘墓における祀りの際に、土器の台(特殊器台)と壺(特殊壺)のセットを使用していました。

これが、古墳時代になり、円筒埴輪へと変化していったのではないかと考えられているのです。

つまり、死者に供えられた祀りの土器が、畿内を中心に大型の前方後円墳が形成されていく中で取り入れられ、古墳を飾り、円筒埴輪として発展してきました。

古墳時代の埴輪に関する逸話

『日本書紀』には、埴輪に関する逸話が載っています。

それは、垂仁天皇32年7月の記事です。

垂仁天皇のおじの倭彦命(やまとひこのみこと)が亡くなった際、側で仕えていた人たちも一緒に生きたままお墓に埋葬していました。(殉葬)

それがとても痛ましかったので、天皇はこの習慣をやめさせたいと考えていました。

その後、皇后の日葉酢姫命(すばすひめのみこと)が亡くなった際には、土師(はじ)氏の祖先である野見宿禰(のみのすくね)が、

「粘土で人や馬を作って、これを代わりに並べたらどうか」

と天皇に提案します。

そこからは、生きた人達の代わりに埴輪を古墳に並べるようになりました。

このように、『日本書紀』では埴輪の起源は野見宿禰からであるとされています。

しかし、実際は4世紀には人物埴輪は作られておらず、円筒埴輪の出現のほうが古いと判明しています。

つまり、この話はあくまで神話や伝説といった類のものとなっています。

古墳時代の有名な埴輪。国宝もある?

古墳時代の有名な埴輪の一部をご紹介していきます。

【国宝】

  • 埴輪武装男子立像(群馬県)
  • 綿貫観音山古墳出土品(埴輪22点を含む)(群馬県)
  • 三重県宝塚1号墳出土品(埴輪120点含む)(三重県)

【重要文化財】

  • 埴輪男子胡坐像(天冠埴輪)(福島県)
  • 埴輪猿(伝茨城県)
  • 埴輪男子倚像(琴を弾く男)(群馬県)
  • 埴輪鶏(群馬県)
  • 埴輪犬(群馬県)
  • 埴輪猪(群馬県)
  • 埴輪鷹狩男子像(群馬県)
  • 埴輪女子倚像(腰掛ける巫女)(群馬県)
  • 埴輪馬(群馬県)
  • 家形埴輪(大阪府)
  • 埴輪水鳥(大阪府)
  • 埴輪牛(奈良県)
  • 埴輪家(子持家)(宮崎県)
  • 埴輪船(宮崎県)
  • 旗を立てた馬型埴輪(埼玉県)
  • 埴輪鹿(見返りの鹿)(島根県)

古墳時代に関するQ&A

古墳時代に関するQ&Aを簡単に解説していきます。

  • 古墳時代と弥生時代の違いは?
  • 古墳時代の有名な遺跡は?
  • 古墳時代はなぜ終わった?

古墳時代と弥生時代の違いは?

古墳時代と弥生時代には、生活スタイルの変化はもちろんのこと、政治や社会の制度においても大きな違いが現れ始めました。

弥生時代古墳時代
墓制墳丘墓や横穴墓が主流円墳や方墳、前方後円墳など、様々な形状の古墳が作られるようになった
政治的構造小国が各地に存在し、村単位の自給自足的な社会大王や有力な豪族などが中央集権的な体制を築き、各地に古墳を造らせ、権威を誇示した
社会階層社会階層の差はあまりなかった大王や有力者を中心に、武士や豪族などの階層が形成され、社会的な格差が明確になった
副葬品簡単な生活用品など刀や馬具、甲冑などの軍事的なものが多くなり、身分の高い人ほど豪華な副葬品を納めるようになった
生活稲作を中心とした農業が発展し、村落単位での生活が一般的だった豪族たちが農村を支配し、大規模な水田が作られた
交流中国や朝鮮半島との交流が盛んになり、銅鏡や刀などの文化財が伝来した更に大陸との交流が盛んになり、渡来人も多くやってきた結果、仏教や漢字、養蚕など新しい文化や技術が伝来した

古墳時代の有名な遺跡は?

  • 百舌鳥・古市古墳群(大阪府)

→仁徳天皇陵(大仙古墳):日本最大の前方後円墳で、全長約486m

  • 箸墓古墳(奈良県)
  • 西都原古墳群(宮崎県)
  • 埼玉古墳群(埼玉県)
  • 保渡田古墳群(群馬県)
  • 八女古墳群(福岡県)

→岩戸山古墳:磐井の乱を起こした筑紫野国造磐井が埋葬されている

  • 吉見百穴(埼玉県)
  • 石舞台古墳(奈良県)
  • 高松塚古墳(奈良県)
  • キトラ古墳(奈良県)
  • 五色塚古墳(兵庫県)
  • 森将軍塚古墳(長野県)
  • 今城塚古墳(大阪府)
  • 虎塚古墳(茨城県)
  • 造山古墳(岡山県)
  • 作山古墳(岡山県)

古墳時代はなぜ終わった?

古墳時代が終わった理由としては、主に3つのことが挙げられます。

・仏教の伝来と火葬の普及

仏教が伝来すると、それまでの土葬の慣習に代わって火葬が広まっていきました。

つまり、古墳を作る必要性が薄くなっていったということです。

・薄葬令

大化の改新で薄葬令が定められ、身分に応じて墓の規模が制限されるようになりました。

これにより、豪族たちが大規模な古墳を築くことは抑止されてしまい、古墳造営の伝統を弱めていくこととなったのです。

・ヤマト政権の強化

ヤマト政権は権力を強めていき、中央集権体制を確立させました。

すると、地方の豪族の権力を抑え、古墳造営を統制するようになりました。

この結果、大規模な古墳の造営は次第に減少していき、最終的には廃止されたのです。

以上のような複数の要素が絡み合い、古墳時代は終焉を迎えました。

まとめ:古墳時代の埴輪からは、当時の人々の暮らしや風習、風俗などを窺い知ることができる

古墳時代の埴輪は、古墳の墳丘や造出などに並べ置かれ、古墳儀礼における様々な役割を担っていました。それだけではなく、埴輪は当時の人々や動物の様子などを表したものもあり、古墳時代の人々の暮らしや風習、風俗を知る貴重な資料となっています。

今回の内容をまとめると、

・埴輪とは、古墳時代に作られた赤茶色をした素焼きの土器のこと

・埴輪は、基本的に古墳の墳丘や造出などに並べ置かれた

・埴輪には、墳丘の崩れを防いだり、古墳という聖域を区分したりと様々な目的があった

・埴輪の中には人物や動物、家や武器などを象ったものもあり、当時の人々の暮らしなどを知ることのできる貴重な資料となっている

埴輪は、現在でも様々な博物館で特別展が開かれたり、実際に作ってみるコーナーがあったりします。同じような格好をしている埴輪でも、表情や身に付けているものが違ったりと、埴輪は個性豊かです。これを機に、自分が気に入る埴輪を探してみるのもいいかもしれませんね。

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